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急速な貧血に気づいて予定外の受診

昨日朝、起こしたテンテケの唇が横になっている状態で真っ白だった。まぶたの裏も黄色くて赤みがない。
ここ数日、ふと顔白い・・・?と思うことがあったがこの朝、貧血だという確信に変わった。


病院に電話を入れて事情を話して相談したら、外来長の医師に来るように言われて、予定外に受診しました。

結論を先に言うと「大丈夫」でした。再発でもなく、赤血球輸血もなく今は家に帰宅して普通に生活しています。当の本人は、走り回ったりせず、昼寝がいつもより長いくらい。活気が落ちるけれど、笑うしご機嫌です。


■血液データ

白血球   2730(OK)
ヘモグロビン 10.9(私は意外に高くて安心した。医師は顔色不良がでてもおかしくないくらいの値だねと)
血小板    25万(OK)

杵状好中球  8%
分葉好中球  21%(杵状好中球と合わせて好中球が30%あるのでリンパ性白血病の再発ではない)
リンパ球   57%(基準値より高いけれど全体の白血球数が少ないので問題ない)
単球     9.0%
好酸球    0.0%
好塩基球   1.0%

総蛋白  5.7
CRP   0.68(高い。先週の木曜に嘔吐した胃腸風邪のため。回復しているが、CRPの値は数日遅く出るので数日前の値)


医師の話では・・・

今回、感染症による、体調不良もあって先週、3/6(火)に入れた抗がん剤の骨髄抑制がいつもより強めに出てしまったようです。今週末17.18日にかけて抗がん剤の効きのピークなので、急にはよくならず、貧血が遷延するかもしれないが、それ以上にあまり貧血が続くようだったらまた言ってくださいということでした。

P1000198.jpg
ちょうど乳児健診日だったので、待ち時間は個室に待機。DVDみてご機嫌だった

■帰宅後、ねちねちと家の血液データファイルで確認してみる

先生もここ2か月くらいのデータを並べてくれた表をプリントアウトしてくれましたが、もうちょっとさかのぼって比べてみたくなって。

入院中は維持療法より抗がん剤の量が多くて激しい治療なので、クール中の底で6.8とか・・で、基準の「7」をきってるのでその日に赤血球輸血して翌日はドカンと10まで跳ね上がるとかいう流れはよくあったけど、維持療法中は12台がほとんど。低くても11.5。
やはり今回は維持療法中の最低値でした。


最近のヘモグロビンの動向

2011-7-19   12.7
2011-7-26   12.4
2011-8-09   12.4 ←維持4クールスタート
2011-8-23   12.3
2011-8-30   12.1
2011-9-13   11.5  ←維持4クールIT入院
2011-9-20   11.9
2011-9-27   12.9
2011-10-04   12.9
2011-10-11   11.9 (この辺ヘルペスになったりちょっと記録紙が抜けてるかも。もらわない時もある)
2011-11-01   12.3 ←維持5クールスタート
2011-11-15   11.8
2011-11-29   12.4 ←維持5クール最終のIT入院
2011-12-06   13.0
2011-12-13   13.0
2011-12-28   12.5 ←ステロイド期間終了 
2012-1-10   12.7 ←維持6クールスタート
2012-1-24   12.2
2012-2-07   12.5
2012-2-21   12.7
2012-2-28   12.9
2012-3-06   11.9 ←後半ステロイド期間終了
2012-3-14   10.9←今回緊急受診
2012-3-21   順調なら維持7クールスタート(予定)



■なぜこんなに慌てたか

骨髄抑制による貧血。抗がん剤治療中ではよくあることです。

なぜこんなに今回、母はもとより、家族が肝を冷やしたかというと・・・入院中なら当たり前ですが、うちは今まで一年数か月の維持療法中にここまで貧血が日に日に目視の観察でわかるほど急速に進んだのは今回が初めてだったからです。頭に浮かんだのは、過去の恐怖体験。

2010.4「溶血性貧血がわかったとき」
2010.7「白血病だと分かったとき」


いずれも、あれ?あれ?なんか白い?と泡のように湧いてきて、やっぱ違うか。と消えて。気のせい?違ってほしい、いや・・・やっぱり変だ・・・。

無意識から意識に変わって、徐々にそれが確信に変わったとき、いずれも病気だとわかりました。
しかも、うちの場合、結構貧血進んでたのに当の本人は幼児だから、目先の遊びに夢中で全く元気で走り回り姉とじゃれ、笑っていた。機嫌が悪いとか、ぐったりしているって感じではなかった。

溶血性貧血の時の担当医が診察中に話していたのは、貧血っていうのは、常に一緒にいると見た目では徐々に変化していくのでなかなか分かりにくいというお話しでした。ヘモグロビン8くらいになって気づくこともよくあるそう。
判別の仕方として、歯茎、まぶたの裏、唇の色なんかを教えていただきましたが、実際幼児と接触していると喜怒哀楽のたびに血色ってコロコロ変わる。


こんな例がある。
2010.7.7。白血病発病の数週間前。私は三種混合の追加接種にテンテケを旧かかりつけに連れて行った。このときかすかな違和感を感じていて、旧かかりつけ医に、2010.5に溶血性貧血の既往があるので念のため予防接種時についでに貧血の検査してほしいとお願いしました。このときは、白血病なんて病名、頭にもなかった。
その医師は予防接種で泣いた後だったけど、機嫌は直っていたテンテケの顔色を見て
「こんだけ血色よかったらしなくていいでしょう」と言った。
でも、2010.7.27に白血病が発覚して入院になった。

ごり押ししてもあの時検査してもらったらよかったと後悔したものです。かかりつけ変えた今だから言える話ですがずっとそれも心の中で引っかかっていました。
医師でもそんなこともある貧血の肉眼による目視。


意外と、久々に会う人の言葉が正解だったりした・・・。この後、7/23くらいに帰省しているのですが、隣に住むひいじいが「この子やけに白い顔してるね」と言ってくれた。
おかげでやっぱ変だよね。って意識が芽生えた。
24時間ずっとお世話をしていて徐々にの変化に気づきにくかったのもあるけれど、親ってどこかで認めたくない現実を無意識に否認してしまうところがあるのかもしれないと今は思う。


検査の結果が出るまで、恐怖で久々に体が震えました。



■こんな時、いつも気がかりなのはペンペコの預け先とペンペコの精神衛生

実際、数値が出るまで、どうなるかわからなかったので赤血球輸血?(時間かかる)再発?(即長期入院)を考えました。一番の気がかりはペンペコ。

頼みの主人はこんな日に限って遠方出張中・・・。
ということで、入院支度を車に積んで、半日保育で12:30に帰宅するペンペコを近所にお友達宅に迎えに行けるようになるまで預かっていただけるようにお願いして、念のため静岡のバアバに来てもらいという手はずを午前中に整えていました。毎度毎度、緊急入院や緊急受診では、ご近所のママ友達と静岡のバアバのありがたいこと2・・・


ペンペコは朝、幼稚園バスに乗るとき、不安そうでした。5歳ながら、こんな経験を今まで嫌というほど積んでいるので・・・。

2010.4月確か土曜日の朝だったので幼稚園は休み 
溶血性貧血発覚の時→当時のマンションの同じ棟の君宅に預かってもらう

2010.7月夏休み中 
白血病疑いの時→一人静岡にジイジと残される

2011.1月夕方5.6時 
テンテケ退院直後パパが事故で救急車で運ばれる時→マンションの同じ棟の君宅(このときはテンテケと二人だった)

2011.3月春休み中 
テンテケ、細菌感染で緊急入院→マンションの同じ幼稚園の同級生の君宅

2012.3月 12:30バス停お迎えの日
今回の半日保育日の緊急受診→新しいご近所さんのちゃん宅

夜寝しなに暗闇で話したら、静岡のバアバも気管支炎になり、調子が悪くて、3月4日に予定していた訪問を中止した経緯もあったので、「バアバ調子悪いし、バアバ来れなかったら私一人になっちゃうの?どうなるの?」って思ってたそうです。
頼れる実家が遠いので。なかなか・・・。逞しくなるというメリットもありますが、さぞ心細いだろうなと思います。必ず、家族の誰かが迎えに行くからと伝えました。
でも、最悪、預け先がないときは日中なら幼稚園にも緊急で預かってもらえるはずです。


私も園バスの中から振り返るマスク姿のペンペコ見送りながら、これが最後の家族の平和な朝になる・・・なんてことはないよな・・・と思っていました。
久々に背筋の凍った出来事でした。


ハプニングのせいで、発表会以来、1か月ぶりにバアバとあえて二人とも嬉しそうでした。
P1000202blg.jpg
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引越しお疲れ様でした

無事引越し終わったんですね。
安心感が違うでしょうね。きっとお子さんにとってもプラスになるでしょうね。

体力が戻ってきた姿を見るのは、ずっと支えてきたお母さんにとって何よりうれしいことでしょうv-411

維持療法終わったら…

うちは随分と体力がついてきたように思います。

よく食べるし、機嫌の起伏も歳相応になりました。
なにより、感じるのは運動面かな。

やっぱり治療中のダメージは大きいのだな…と痛感します。

なので、テンテケちゃんも維持療法終わればそんなに体調崩すことも少なくなるはずだと思います
お姉ちゃんもあと残り一年の幼稚園、お二人が元気に通ってくれる日はきっと近いですよ。

うちは、今月やっと地元に帰りました。
やっぱり、よそは寂しいですね
帰ってこれて随分と心強くなりました。

うっちーとさんへ

こんにちはv-411

維持療法終わってもこのハラハラは続くんですねぇ~v-406

もしこういった幼児の小児がんで、離婚や死別でひとり親、更に兄弟がいる場合とか、実家がかなりの遠隔地だったらかなり厳しい状況に置かれると思います。

比べちゃいけないけれどついつい他人と比べちゃう境遇。

実際、うちの治療仲間でも幼児の兄弟の弟が患者で、実家が両親とも九州とかいう方もいるので両親元より保育園に預けている兄弟も本当によく頑張っているなって常々尊敬してます。入院中は会社の介護制度のようなものを使ってお父さんが早く帰宅できるように仕事をかなりセーブしていました。

せめてもうちょっと年が大きかったら・・・
五歳では一人で残されてはどうにもならない年頃で。

入院中も一時期姉を幼稚園から保育園に移そうか悩みましたが、こういう時は、やっぱ保育園のほうが、休みが盆正月くらいで、会社と変わらないくらい短いし、預かってくれる時間が長いのでよかったかなぁ・・・なんてふっと考えたりもします。

いずれにせよあと姉は幼稚園一年なので。なんとかご近所さんの力を借りつつこのまま乗り切れるといいです。

ホッとしました

なかなかコメ残せずすいません。
貧血とタイトルを読んだだけで、びっくりしました。

一時的なもので本当に良かったです。

実家が遠いと、心配事も増えますよね…

近いお知り合いもたくさん協力してくださるようで、良かったですね!

どんどん頼っちゃえば良いと思います!

じゃないと、私たちが抱えている試練はなかなか乗り越えられるものじゃありません。

ペンペコちゃんも、小さいながらに何もかも分かっているのですね。
本当に良いお姉ちゃんですね

うちは治療後数ヶ月経ちますが、何か症状が出るたびにドキドキドキドキドキドキ…主治医に診てもらうまで生きた心地しません

なんとか大丈夫で、定期採血を続けられています。

ありがとう

最後のM先生の授業だったから前夜から張り切ってビデオ充電までしてたんだけど・・・
よりによって日がかぶっちゃって無念無念v-406

少し顔に赤みが戻ってきたよ。
胃腸風邪は治ったはずなのにおなかがずっとゆるくて、ちょっとした瞬間に漏らしているから一時的におむつにしてます。まだおなかも本調子じゃないみたい。

私も咳が長引いて。はやく親子ともども復活して修了式は参加したいです

ホッとしました

この前プレで、テン君が体調良くないからお休みするって聞いて、心配してたの。

とりあえず、良かったぁ…ホッとしたよ。

ママもお姉ちゃんも、ものすごく不安だったろうし、パパが居ない時に色んな段取りもすぐにしなくっちゃいけなくて大変だったね。お疲れ様でした。

また落ち着いたら会おうね。

プロフィール

テンテケママ

Author:テンテケママ
東海エリアに住む主婦
写真のクマさんはテンテケ入院中の同志です。

子供たちが成長してきたため、写真など個人情報を多く含む記事は閲覧制限かけました。親しい方で、パスワードを連絡希望の方は下記のメールフォームからのパスワード照会をお願いします。

他の小児ガンの家族と情報共有するため治療関連の情報は変わらず公開しています。

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